【連載】10月の梅村さん(バイト)は顔について考えた。

これは、バイトの梅村さん(来春卒業予定)が
毎月連載している月々の記録です。
今日は、10月の記録を大公開いたしますよ。
バイトにきて8か月、来春には大学卒業と同時に
ナナロク社も卒業してしまいます。
そろそろ何か実のある話がきけるでしょうか。
期待して読んでみたいと思います。



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 顔を変えたい。
 人工的なやつではなくて、経験とかによってちょっと変わるやつのことです。
 いつだったか、出産を終えた犬を見たらお母さんの顔になっていたことが印象に残っている。一回の大きな経験じゃなくても小さい経験を積み重ねていけば変わる気がする。自分では分からないので誰かから変わったね、って言われたい。
 一応、なりたい顔の候補はある。たのもしい顔です。



初めて歩く場所なので、必死な顔して歩いていた。
「ねぇねぇ!」と言われ、振り返ってしまったのが間違いだった。
眉毛をしっかりとかいたおばさんが手招きしてる。
え、わたし?と思って自分を指差すと力強く頷いている。
「わたし、あのタクシー、のりたいの」
指差したのは、反対側の車線にいるタクシー。近くに横断歩道がない。
「ぐるっとまわって…」
「だって、タクシー、あそこ、目の前!」
遠回りするのは嫌なようだった。
近くに地下道がある。
「あ、ここの地下から行け…」
「電車には乗らないよ!タクシー!あれ!」
「違う違う、ここを下ると向こうに行けて…」
「なんで? タクシーのりたいの!」
毎回途中で遮られるし、勢いがあって怖い。
仕方なく一緒に行きましょうと言うと、ありがと!と大きな声で言われた。
地下でも少しもめた。
「ねえねえ、ここ左だと、おもうな」
「…真っすぐだと思いますよ」
「ちがうよ、左だよ」
「…じゃあ、左に行きましょう」
私が案内すると言ったのに、なぜか案内されている。
やっぱり違う場所に出たけど、別のタクシーを見つけて喜んでいたのでよかった。
おばさんはまた元気よくバイバイ!と言って、と小走りでタクシーに向かいました。疲れた。でも、もう旅の思い出が出来た。
今月は深夜バスに乗って、HEP HALLで開催されていた池田修三展を観に、大阪へ行きました。
びっくりした。
一ヶ月ぐらい前に会社で、白い手袋して、緊張して、手汗をすごいかきながら原画を扱う作業をした。したはず。だから一度見ているはずなのに。
あれ? 私一度見てるよね? と展示を見ながら不安になってきた。どの絵も初めて見るようだった。違うものを見ていたのか。作品リストとにらめっこで絵自体をあまり見ていなかったのか。倉庫が暗かったからなのか。と色んな理由を探したけどどれも違う。飾られている姿はとっても輝いていた。なんて、よく聞くような言葉だけど、本当だよ。
久しぶりの再会のはずだったけど、「久しぶり!」とは言えず「初めまして…」と挨拶しながらまわった。輝いている場でまた出会えて良かった。この展示で「花の子ベラ」が好きになった。
藤本さんともお会いできた。大満足の大阪の旅だった。

「この電車来ますか」
おばちゃんがこっちを見ている。
乗り換え案内がプリントアウトされたものを持っている。
新宿→青梅
青梅まで乗ったことないけど、時刻表を見て、携帯で検索して親身になったつもり。
「今から来る電車ではなくて、その次の電車に乗って下さい」
「この電車?」
「次の電車です」
「そうなの?」
「この電車は青梅まで行かないです」
「乗っちゃだめなの?」
「駄目です」
「次の電車も駄目?」
「次の!電車に!乗って下さい!36分の…」
振り返ったらもういなかった。
これは石原まこちんさんのイベントへ行く前のこと。
イベント中は楽しくて、電車を聞かれたことなんて忘れていたけど、
帰り道、新宿駅に降り立った時、あの人ちゃんと青梅まで行けただろうか。と急に不安になった。

なんだか忙しかった金曜日の帰り道。
「元気デスカ?」
外国の方に話しかけられた。そんなに疲れてるように見えたかと反省した。

 今月は知らない誰かに3回話しかけられた。今までこんなに道を聞かれたりすることもなかったから驚く。先月のベトナムに続いて、深夜バス大阪の旅を経験したのでそろそろ顔が変わってきたのではないかと考えてみた。道を聞いてみたいと思うのだから相当良い顔をしているのではないだろうか。たのもしい顔ってやつだろうか。人に話しかけられやすい顔でも、まぁいいけど。
 友達のお母さんに久しぶりにお会いした時に、
「うめちゃん、顔が変わったね。恋でもしているの?」なんて言われたことを思い出した。残念ながら恋はしていないので、バイトのおかげだなと思うことにした。そういえば、どんな顔に変わったか聞くのを忘れていた。
 どうですか? 色んな人に聞いて回った方がいいだろうか。

 少しはたのもしい顔になれただろうか、経験値上がっただろうかと確認したくなるような月でした。
 そろそろ変わったか、と電車の窓に映る自分の顔を確認するといつもと変わらないぼーっとした顔の自分がいる。もう、嫌になっちゃうなぁ。
 顔はそんなにすぐ変わらないらしい。でも望みを捨ててはいません。来月の自分に期待する。



■おわり